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2021年8月31日

江の島社会科見学の取り組みを国際学会で発表!

 本校では2002年から中学校1年生を対象に,1年間の地理の授業の総まとめとして3月に江の島社会科見学を行っています。江の島は小さな島ですが,現地で学ぶべき事柄は多く,社会科見学としては最適の場所となっています。

 一方,高校では2016年から高校1年生の世界史Aの授業で「ビッグヒストリー」の授業を実験的に1部クラスで実施しています。宇宙の始まりであるビッグバンから現在,そしてビッグフリーズ説による宇宙の終わりまでを年間約50時間で概観する歴史の授業です。

 この二つの取り組みを企画・担当してきた社会科の市川賢司先生はふと気が付いたのです。「江の島はビッグヒストリーなのではないか?」と。そして学校教育の中で,知らないうちにビッグヒストリーの取り組みをしている事例があるのではないかと。そこで国際ビッグヒストリー学会の学会員でもあった市川先生は今年の81日~5日,インドのマハーラーシュトラ州プネー市にある共生国際大学(Symbiosis International University)で開かれた第5回国際ビッグヒストリー学会で「隠れたビッグヒストリーを見つけよう!」というタイトルで本校の江の島社会科見学の実践報告を行いました。今年の学会は完全オンラインで市川先生は82日にご自宅からのオンラインで発表となりました。

 発表の動画を是非,ご視聴下さい。以下が発表原稿の日本語訳になります。

隠れたビッグヒストリーを見つけよう!

市川賢司(アレセイア湘南中学校教諭)

数字はパワーポインの原稿のページを示す。

私は日本の神奈川県茅ケ崎市にある私立アレセイア湘南中学校で社会科の教員をしています。

本校の高校1年生では世界史の授業が行われていますが,そこでは2016年からビッグヒストリーの授業を行なっています。2015年にデイヴィッド・クリスチャン(著)『ビッグヒストリー入門』WAVE出版が発行されたことがきっかけでした。日本の高校で初めてのビッグヒストリーの授業です。

今回の発表は,本校において,私たちがビッグヒストリーを知る前から気が付かないうちにビッグヒストリーを教えてきた事例を明らかにすることが目的です。そうしたビッグヒストリー教育を,「隠れたビッグヒストリー」と呼ぶことにしましょう。今回の発表では隠れたビッグヒストリーの教育活動の例として2002年から本校の中学校1年生で続けられてきた社会科見学について報告します。

本校の中学校1年生の社会科では地理を学びます。そして1年間の地理の授業の総まとめとして,2002年3月から本校の近くにある江の島への社会科見学を実施しています。翌2003年3月に江の島社会科見学のための教材『江の島ウォーカー』を発行し,改定を重ね,現在では20117月に発行された第3版を使用しています。さて,江の島は日本のどこにあるのでしょうか?

まず,これが日本列島です。

日本列島最大の島である本州のほぼ真ん中に

関東地方があります。

その関東地方の南部,

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相模湾という湾に面して神奈川県があります。もう江の島が見えています。

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この島です。

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江の島は神奈川県藤沢市の南東端にあり,橋によって陸地と結ばれています。江の島は,本校から直線距離にして約5㎞の地点にあります。

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面積0.38平方キロメートル,周囲4㎞,標高60.4m,人口350人の小さな島です。このような小さな島にもかかわらず,たくさんの学ぶべき事柄があり,地理と歴史の1年間の授業の総まとめとしては最適の見学地です。

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これから江の島を「隠れたビッグヒストリー」として検証していく際のビッグヒストリーの特徴は次の3点です。

1 江の島の誕生から現在まで,江の島のすべての時代を取り扱っていること。

2 自然科学から社会科学,人文科学までのあらゆる学問を導入していること。

3 社会科見学として上記1と2を現地で確認するだけでなく,感じたり想像したりすることを重視

していること。

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結論として,江の島社会科見学では,これらの取り組みはすべて行われてきており,江の島は「隠れたビッグヒストリー」です。

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「江の島ウォーカー」では様々な学問からのアプローチのことを生徒に分かりやすいように江の島の「顔」として取り上げています。江の島の「顔」として次の7点があります。

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自然の顔として江の島には地層,隆起,沈降,陸繋島,浸食作用,火山灰の堆積,大地震の影響など地学におけるあらゆる現象を現地で確認することができます。生徒には地学の世界の長い時間を現地で感じさせています。

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江の島は一年を通して緑の葉をもつ常緑樹の森が広がっています。これは江の島が黒潮と呼ばれる暖流の影響を受けているからです。生徒には海と森とが関係していることを理解させています。

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江の島からは今から約9000年前の縄文時代早期の集落遺跡が発見され,土器,石器など1万点の遺物が出土しています。生徒には足元で9000年も前に人が住んでいたことを実感させています。

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江の島は竜の伝説の島として,弁財天信仰の中心地として,鎌倉時代から現在まで宗教の中心地でした。生徒には江島神社の厳かな雰囲気を感じさせています。

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日本の江戸時代は平和な時代であったので,庶民の間でも旅行が流行しました。江戸時代の画家歌川広重が描いた浮世絵には江の島の観光客の姿が描かれています。江戸時代から現在まで江の島は観光の島となっています。生徒には絵に描くほど美しい島であることを実感させています。

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19世紀後半,明治時代になると,江の島にも文明開化の波が押し寄せます。アイルランド生まれの貿易商人サムエル・コッキングは1869年に日本にやってきて,横浜で貿易商として成功し,1882年から数年をかけて江の島の頂上に大庭園を築造しています。生徒には庭園の遺構を見せながらヨーロッパとのつながりについて想像させています。

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橋をわたりきって江の島に上陸するとすぐに青銅の大きな鳥居があります。この鳥居をくぐると江島神社に向かう参道となります。参道沿いにはみやげ物屋がひしめいています。また,江の島の東岸には旧市街があります。生徒には古い町並みの雰囲気を感じさせています。

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江戸時代の江の島の地図と現在の江の島を比較すると,江の島は東側に1.5倍大きくなっていることが分かります。江の島は1964年の第18回東京オリンピックにおいてヨット競技会場に選ばれました。そのため島の東部を大幅に埋め立て,ヨットハーバーを建設しました。

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今まで述べてきた江の島の地形の変化は自然現象によるものばかりでした。しかし,20世紀の後半になってヒトの活動が,そして日本の経済発展が江の島の形や面積までも変えてしまったことがわかります。生徒にはヨットハーバーを眺めさせながら,江の島の面積を1.5倍にさせたヒトの力の大きさについて感じさせます。

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以上が江の島の7つの顔でした。表にまとめると次のようになります。

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こんなに小さな島なのに時間の長さで2000万年,9つの学問分野からのアプローチが可能です。

江の島社会科見学の取り組みには,ビッグヒストリーの特徴1~3のすべてが取り入れられていることから「隠れたビッグヒストリー」であることがわかります。

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今回の発表で,江の島社会科見学の取り組みをビッグヒストリーの視点で表にまとめることによって,より広い視点から再確認をすることができました。ビッグヒストリーは教育実践の精度を高める働きがあることが分かりました。学校教育の中にたくさんの「隠れたビッグヒストリー」があるはずです。これから私たちはビッグヒストリーの教育を広めていくことと並行して,「隠れたビッグヒストリー」を見つけていくことが,今後の学問や教育の発展に大きく貢献するのではないかと考えます。

(用語解説)

ビッグヒストリー

ビッグヒストリーはビッグバンから現代まで,またはビッグバンから宇宙の終わりまでの長いスパンを扱う世界史。1989年,オーストラリアのマッコーリー大学のデイヴィッド・クリスチャン教授がビッグヒストリーの講義を開始。マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏の援助でアメリカにビッグヒストリー・プロジェクトが立ち上がり,教育ソフトの開発と普及が行われてきた。アメリカでは小学校から大学までの歴史教育の中でメジャーな存在となっている。現在,わが国では桜美林大学(2016年から),アレセイア湘南高校(2016年から),東北大学(2017年から)の3校のみで授業が行われている(第5回国際ビッグヒストリー学会報告による)。