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れんらく帳

2024年4月26日

創立記念礼拝

4月27日の平和学園の創立記念日を翌日に控え、小学校では創立記念礼拝を行うことができました。

お話は夏村 充(なつむら みつる)先生でした。

校長先生からの紹介の中で、夏村先生は長年平和学園に奉職されアレセイア湘南学校長や学園長・理事長を担ってくださっていたことや、校長先生も高校に在学中に夏村先生から聖書や英語を教えていただいたということが子どもたちに伝えられました。

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小学校が建学当時から制服は変わらずに受け継がれていることや、子どもたちが奏楽、司会をし、子どもと教師が一緒に礼拝を守り続けていることを喜んでおられました。

そして創立者の賀川豊彦・村島帰之先生について話してくださいました。

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訪米中にロサンゼルスでKagawa st(賀川ストリート)を見つけたエピソードから、賀川先生が当時世界の三大聖人と呼ばれていた一人であったこと(賀川・ガンジー・シュバイツァー)が紹介されました。そして賀川先生の生い立ちから辿られた道へと話は移りました。

・幼くして両親を亡くし苦労をする中で教会と出会ったこと。

・聖書を学び大学卒業後に神学校でも学び、世の中のために、神さまのために働こうと世に出たところで結核を患い余命一年の宣告を受けたこと。

・死の覚悟を決めて、困っている人たちのために働こうとしたこと。

夏村先生は、賀川先生が『駄目になった時は、新しい出発の時なのだ』と知っておられたということに言及し、このことをよく覚えておいてほしいとおっしゃいました。

また関東大震災では賀川先生は村島先生と共に日本で最初のボランティアの活動を行ったりする中で先生と弟子の関係から同志となり、茅ケ崎の地で日本で最初のからだの弱い子どものための学校として建てられた白十字林間学校から平和学園が建てられたことへとつながっていきました。

そして、夏村先生は小学校生活を送る子どもたちへ、この二人の創立者の同志としての関係を覚えておいてほしいと話されました。初めて出会った時は分からないけれども6年間の小学校生活を通して同志となっていくということでした。

以下お祈り

『天にいらっしゃいます父なる神さま、今日は創立記念礼拝で賀川先生と村島先生のお話を聞きました。小学校の制服が創立の時から同じ制服、素晴らしいことです。賀川先生は世界の三大聖人(賀川豊彦・ガンジー・シュバイツァー)の一人と言われるほどたくさんのお仕事をなさいました。平和学園もお創りになってくださいました。けれども、賀川先生は身体が弱かった。お父さんもお母さんも死んでしまった。寂しい時、悲しい時、駄目な時、そこからが新しい出発の時なんだ。私たちも失敗をしたり駄目だなぁ、嫌だなぁ・・・いえ、その時こそ新しい出発の時なんだな・・・賀川先生から教えられました。賀川先生も村島先生も日本で初めてのボランティアをやりました。一緒に行動している間に、もう先生とか弟子(村島先生は賀川先生から洗礼を受けた)ではなくて同志になりました。神さまは平和学園で私たちが出会う時に初めて出会った、でも私たちは神さまの作品です。神さまはどんな時でも必ず私たちが神さまの作品としてよいものに造られていくことができるようにしてください。どうぞ私たちは希望をもって平和学園でお友だちと一緒に失敗したら新しい出発の時なんだと、今日から元気に進んでいくことができますように。賀川先生・村島先生を私たちの学園の創立者としてお与えくださったことを感謝いたします。今日、お友だちと一緒に礼拝をできましたことも感謝いたします。どうぞ平和学園小学校の上に祝福をお与えください。イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン』

最後に全員で元気に校歌を歌いました。

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90歳を超えられたとは感じさせない、お元気で情熱あふれるお話しぶりでした。平和学園の歴史と意味を一生懸命に伝え語ってくださったことに感謝いたします。