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れんらく帳

2026年10月 7日

5年生が中高の礼拝でメッセージ

併設のアレセイア湘南中学高等学校の礼拝を5年生が担当しました。
礼拝の様子の動画はこちらからご覧ください。

司会者は聖書を読んでお祈りをしました。

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お話の担当者は5年生が先日の「平和をともに」で話したメッセージを伝えました。

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賀川村島記念講堂には約280人の高校2年生。
中学1年生から高校3年生も放送で一緒に礼拝を守りました。

司会とお話の二人は、大勢の高校生を前に緊張しつつも、しっかりとした口調でそれぞれの想いを言葉で伝えてくれました。

メッセージの前文を紹介します。

『賀川先生と平和』  

 平和学園を作った先生の一人である賀川豊彦先生のことをみなさんに知ってほしいと思い、平和学園小学校を代表して、これからお話したいと思います。

 賀川先生は、若いころから平和を求めて生涯を終えるまで平和のために一直線につき進んだ人です。食堂を建てたり、牧師として活動をしたり、この平和学園を作ったり、そのほかにもたくさんのことをされた勇気と活動力のある人でした。

 神戸で生まれた賀川先生は、四才でお父さんとお母さんを相次いでなくしました。しかしとても優秀な子どもだったので、ふつうの子より早く小学校に入学しました。それから、賀川先生は外国の大学に留学もしました。

 19歳から20歳のころ、結核や蓄膿症という病気になり、危篤の危機に直面し、しばらく平和活動ができなくなりましたが、手術後、奇跡的に回復して、平和活動を再開することができました。

 回復して一年で神戸の貧しい人々が暮らすスラムに引っ越しました。スラムに住み、そこで貧困を救う活動を始めました。私は、賀川先生がスラムに引っ越したことにおどろきました。なぜなら、ふつうの人ならば自分がスラムに引っ越そうとは思わないだろうと思ったからです。自分の時間をけずってまで、みんなのために全力をつくしてくれたことがすごく優しくて、勇気や活動力があるなと感じました。

 牧師となった賀川先生は、神様のことをみんなに伝える布教活動にも力を注ぎました。日本中、世界中にキリスト教の教えを広めました。スラムに住み、貧しい方を救う活動も、キリスト教を伝える人としての取り組みの一つでした。また、自宅に礼拝堂を作り、そこを拠点としたボランティア活動もしました。

 賀川先生がキリスト教を広める中で大切にしていたのは、弱い人のために何ができるか、という考えでした。

 そんな賀川先生のもとに一枚の新聞がとどきました。そこには関東大震災のことがのっていました。関東大震災は1923年9月1日におきました。震災がおきたとき、神戸にいた賀川先生は、その新聞を見てすぐに、被災された方々を助けるために船で横浜に向かい、救援活動にあたりました。その頃の賀川先生の体調は回復していませんでしたが、自分のことをあとまわしにしてまでも、被災者の支援に行きました。こうした賀川先生の支援などのおかげで被災地は少しずつ復興していきました。

 47歳の時には、当時のアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領に招かれ、アメリカ各地で講演を行いました。1947年から1956年にかけてノーベル文学賞の候補者、ノーベル平和賞の候補者として複数回えらばれたほどでした。そして、1960年71歳の時に賀川先生は天に召されました。

 賀川先生の生涯について五年生みんなで話し合いました。

 賀川先生は貧しい方が暮らすスラムに行き、一緒に生活をすることで人々を救う活動をしていました。私たちの話し合いの中で、困っている人や貧しい人がいたら、賀川先生と同じように助けてあげたい気持ちはあるけれど、どうやって助けたらいいのかわからないし、助ける勇気が出ないかもしれないというお友達がいました。賀川先生は、困っている人たちを助けたいと思うだけではなく、実際に自分から行動しました。賀川先生のようにすごいことはできないかもしれないけれど、もしも自分の近くに困っている人がいたら、小さなことでも自分たちにできることから、勇気を出して始めてみようと思いました。

 日本の社会のことを考え、愛と協力の社会を築くために活動をしていた賀川先生。愛と協力の社会とはみんなが安心して働ける社会だと思うという意見があがりました。

 また、賀川先生は活動をする中で一人では成し遂げることができなかったこともあったそうです。そんなときに支えてくれる存在がいたことで、前に進むことができました。自分が信じたことを大切にして、本当に自分がやりたいこと、やるべきことは何なのかを考えて行動できる人になりたいです。

 賀川先生は、子どもたちが戦後の日本を担うという信念でこの平和学園を作られました。世界が平和になることを願っていて、平和への強い心があったのだと考えました。

 この平和学園小学校で学んでいる私たちがこれからできることは、平和をつくる社会の一員として、自分にできることを考えて自分から行動を起こせる人になることだと考えました。


 今日の聖書の箇所である「心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。」

 このみ言葉の通り、どんな立場の方であっても愛し、愛のある行いを常に考え、実行されていた賀川先生の中には、イエス様の教えがしっかりと刻まれているのだと学ぶことができました。

 私たちの将来にもたくさんの困難があると思います。途中であきらめてしまう時もあるかもしれません。でも賀川先生は様々な問題がある中でもあきらめずに、平和のためにつくしてくださいました。このような立派な先生が平和学園を作られたことは私たちの誇りだなと思いました。

 賀川先生が切り開いてくださった平和への道を、私たちで途切れさせないようにしっかりとつないで、私たちの次の代、その次の代へとバトンをわたしていきませんか。

 これからもみなさんで平和を作り続けてまいりましょう。