園庭で石拾いをしていました。
子どもたちがつまずかないように?
投げたりしたら危険だから?
プランターの底に敷くため?
教員が園庭や校庭の石を拾うのには大抵理由があります。
今回はカモフラージュのための石拾いでした。
保育部の子どもたち、預かり保育の子どもたちがわずかながら登園しています。
コロナウイルスのことがなくたって、気持ちがそわそわする4月。
新しいスタートは子どもたちの緊張感をぐっと高めます。
同時に期待感もぐぐぐっと高めます。
ナイーブになりがちな4月。
新園舎という環境の変化。
新型コロナウイルスという目に見えない不安。
お母さんと離れがたい子どもがいました。
さみしさからか、緊張からか、なぜだかわからない気持ちからか。
だけど、彼には期待感もありました。
「今日は幼稚園でこれをする」という気持ちが。
靴だって、靴下だって、ズボンだって、洋服だって、目的とする遊びのために自分で選んだのです。
なんとか気持ちをたかぶらせ、お母さんと離れる彼。
新しい担任の先生と園庭へ。
どうかな?大丈夫かな?
気になる私は石を拾います。
全面ガラス張りのホールから彼がいる向こう側を気にしつつ。
きいろいバケツの中の石はガラゴロガラゴロ。
彼の気持ちはコロコロコロ。
随分、いい表情で遊んでいます。
先生も息を切らせて走っています。
きいろいバケツが彼に近づいていきます。
石を拾いつつ。
そろそろ混ぜてもらおうと歩を進めようとしていると。
「園長先生、石拾いしているんですか?変わりましょうか?」
園長が石拾いをしているのを気にかけて声をかけてくれる先生。
『実は、石拾いをしているわけじゃなくて』
しどろもどろになる、きいろいバケツ。
『彼が気になって、じっと見てるのもあれかなって。だからカモフラージュ。』
なんて伝えつつ。
子どもへのアプローチはいろいろあります。
ストレートにいくことも。
変化球でいくことも。
あえていかないこともあります。
いろんな作戦をたてつつ、過ごすことは意外と楽しいものです。
今日は、そんなことを書いてみました。
声をかけてくれた先生の作戦ノートに「石拾い」がメモられていたらいいななんて。