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れんらくノート

2021年6月 1日

【ムラがあるから安心することもあるという話】

登園している子どもたちを駐輪場のあたりで出迎えている先生たちの周りに登園を済ませ帽子をかぶり、水筒を肩から下げた子どもの姿を見かけたことがある方がいらっしゃると思います。年少組を迎えに来ている年長組の有志の子どもたちです。ある日、突然現れて毎日お手伝いにやって来てくれるようになりました。最初のうちは「踊りませんか?」というような感じで手を差し伸べるも、まだおうちの人と坂を上がっていきたい年少さんはなかなか手を取ってくれない状況でした。何日か経つと、真ん中に年少さん、両サイドにおうちの方と年長の子どもという形で坂を上っていく姿が見られるようになりました。後ろ姿はさながら家族のようで微笑ましいものでした。さらに時がたつと、このお姉さんたちは"一緒にいても大丈夫なんだ"という信頼が生まれたのか年少さんが年長の子どもの手を取って登園する。そんな姿も見られるようになりました。

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ほぼ毎日、やってくる年長の子どももいれば、時々やってくる子もいますし、初めてお手伝いに来てみたという子もいて、キャリアは実に様々です。いつも来ている子が来ないと、今日お休みなのかな?と心配になります。あるいは、保育室や園庭で遊んでいるのでしょうか。もし、後者だった場合。よかったなと少しホッとします。自分で考えて決めて、やり始めたお手伝い。それは、とても助かるし担ってもらえるのはうれしいのだけど子どもたちも日々いろいろな"やりたい"を抱えています。同時に遊びたい"あの子"もいるはずです。幼稚園に来る前に考えていたことを実現することも彼らの立派なお仕事です。毎日のお手伝いは、既にたくさんの子どもを巻き込んでいます。"よく来るあの子"がいない今日は"慣れてきたこの子"がいて年少さんに声をかけ幼稚園へと連れて行ってくれています。日々の中では"ねばならない"こともありますが、それ以外の部分では自分でスケジュールを組んだり、ペースを決めたりして過ごしている子どもたちです。大人から見ると"いいこと"に見えるお手伝い。誰かを大切に、自分を大切にしていく中で生まれるムラ。それでいいよと思います。そのムラは誰かが埋めてくれているから。その流れを作った子どもたち、さすがです。