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根っこの成長

2026年10月 7日

マツマツマツ

「園長先生、お仕事に行くの?」

私がカバンを肩にかけているとき、ネームプレートを下げているとき、長ズボンを履いているとき。子どもたちは、私が"お仕事"に行くと感じるようです。園にいる時間も私にとって「お仕事」なのですが、子どもたちにとっての"お仕事"は幼稚園の外側にあるようです。「いってらっしゃ〜い!」と送ってくれる子どもがいます。「おかえり!どこに行っていたの?何してきたの?」と声をかけてくれる子どもがいます。そんな何気ないやりとりの時間が私にとっては、うれしい時間です。

 

ある雨の降った日。いつもと同じように、"お仕事"に向かう私。保育室で遊んでいる子どもたちばかりで園庭に目を向けている子どもの姿はあまりありません。駆け足で白い門までと思ったところで右側から視線を感じ立ち止まりました。そこにいたのは、年長組の女の子。片手にだけビニール手袋をつけています。保育室の前でうさぎの世話をしていたのかもしれません。私と目が合ったその子は、そのレインコートを着たみたいな方の手を左右に動かして「ばいばい(いってらっしゃい)」と彼女の気持ちを示してくれました。たった一つの「ばいばい」なのですが、その子とこれまで過ごしてきた時間や、いろいろな姿がふっと思い浮かびました。だからでしょうか、その日の「ばいばい」は、私にはなんだか特別なものに感じられました。素直にうれしかったです。「ありがとう!いってきまーす!」と足取り軽く会議に向かうことができました。

 

平和学園幼稚園には、いろんな人がいます。いろんな人がいました。大人も子どもも。誰にでも得意なことがあり、苦手なことがあります。そして、子どもたちの育ち方も、それが"見える"ようになる時期も、それぞれです。だから、「速い」とか「遅い」とかではないのだと思います。「君は、今だよ。」「あなたは、もう少しだよ。」そんなふうに、その子にとっての「今」が必ずくる。その時を信じて、待つことが大切なのだと思います。

 

ただ、"待つ"だけではいけません。これは、私たち保育者がいつも考えていなくてはいけないことです。そこに、保育者の思いはあったのか。目線を配ったか。見守ったか。必要なことばをかけたか。ことばが必要なとき。手をかけることが必要なとき。ただ見守ることが必要なとき。そのときを、どう過ごしたか......。「待つ」という姿勢の中には、単に何もしないで待つことだけではなく、必要なときにアクションを起こす積極性も、文字通り"待つこと"も含まれています。その見極めを誤ると、"待つ"ことが"放任"になってしまうこともあります。「待ち方」はどうだっただろう。あのとき、もう少しことばをかけた方がよかっただろうか。それとも、もう少し待ってみてもよかっただろうか。保育者は、そんなことを日々省みながら保育をしています。

 

おうちの方々も、一つひとつのことが「できる」か「できないか」だけではなく、今、目の前にいる子どもの姿を一緒に見ていきましょう。理屈じゃないこと、ことばにならないことが、子どもの行動や言動にはたくさんあります。子どもも大人も、「わからない」って不安になりますものね。でも、子どもたちは大丈夫。自分で...、周りの人の力を借りて...、育っていきます。それと一緒におうちの方々も親としての育ちが、きっと...ぐんぐんぐんと・・・。期"待"して(「待つ」が隠れてましたね)、前向きに歩んでいきましょう。私たちも微力ながらご協力いたします。何か困ったことや、不安なことがあったら一緒に考えていきましょうね。雨続きの日々で気が滅入りますね。よく食べて、よく寝て、よく笑って、身体も心も整えていきましょう。