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学園概要

学園長挨拶

平和学園学園長











フェリス女学院大学文学部教授、Anglia Ruskin University 客員研究員
日本イギリス児童文学会事務局長、絵本学会会長などを歴任

学校法人 平和学園 学園長 藤本 朝巳


学園長 通信  No. 1  「楽しく学ぶこと」と「他人の苦難に与(あずか)ること」

2021年9月1日

 私は若いころ、アメリカのオレゴン州ポートランド市の Portland State University (ポートランド州立大学)に留学し、言語学の勉強をしました。その時は平和学園高校(アレセイア湘南高等学校の前身)の現職の英語教師でしたので「教室でいかに英語を教えるか」ということも学びました。現地の英語教育の教授たちはとても親切で、英語を母国語としない外国人に、さまざまな教材を手作りして示され、工夫をしながら教えておられました。当時、私はそれらの授業を観察し、語学を学ぶことはこんなに楽しいことなのだと知って、おおいに刺激を受けました。私自身が40年以上教壇に立って、最も気を付けてきたことは、この時に学んだ「楽しく学習する」ということでした。
 また週末になると、先生方は学生や院生を家に招いてpotluck party(各自が少しずつ料理を持ち寄るパーティ)を開いてくださり、そこで、いろんな国々からきている留学生(中国人、韓国人、イタリア人、フランス人、イラン人など)と楽しい交流をしました。先生方の、授業の時にはわからないお人柄を知り、また留学生たちの苦労などを互いに分かち合ったのです。
 その後、大学に勤めるようになって、2007年に一年間のSabbatical(サバティカル: 専門分野に関する能力向上のため、業務等を免除され、他の研究機関等で研究に専念できる制度)を利用してイギリスのケンブリッジ市のAnglia Ruskin Universityで客員研究員として研究に勤(いそ)しみました。毎日、ケンブリッジ郊外にあるflat(研究者の住む集合住宅)からバスで街の中心地まで行き、そこからケンブリッジ川沿いをてくてくと歩いて大学図書館に通いました。そこで一日中資料を収集し、夜は古文献を読み解き、整理分析を行い、執筆の準備に明け暮れていました。最初は図書館の古いシステムに慣れず難儀しましたが、何カ月も通い続けていると、図書館の職員さんとも親しくなり、ていねいに支援していただきました。また、図書館でケンブリッジの先生方にばったり出会うこともあり、いろんなアドバイスをいただきました。彼らは私とは違う分野の研究をなさっていましたが、私の話を聞くと思案顔で、これを読むといいですよ、あれを参考にすると便利ですよ、と教えてくださったのです。
 ところで、アメリカへは、当時平和学園に来ていたmissionary(宣教師)の紹介で留学しましたし、イギリスへは、勤めていたキリスト教主義大学に来ていた客員教授ご夫妻の仲介で行きましたので、いずれも現地の教会に通う機会や有識者に会う機会に恵まれて、日本ではできないことを数多く経験しました。しかし、外国に住んで暮らすことには苦労も多々ありました。たとえば文化や習慣の違いによる戸惑い、言葉が思うように通じないことから起こる行き違いや失敗もあり、緊張した毎日でした。そういう時に不思議に支援してくださる方(親切なキリスト者)が現れて、何とか乗り越えることができました。

 1937年(昭和12年)、日本が軍国主義的特徴を帯びていた時勢、キリスト者の矢内原忠雄先生は時の権力と相入れず、大学教授の職を追われました。しかし戦後、復職され、さらに東大総長に選出され、戦後日本のキリスト教の布教と学生の薫陶にご尽力されました。矢内原先生は内村鑑三先生の聖書の真理を深く学ばれ、内村先生と同じように、イエスと日本のために生涯を捧げようと欲しておられました。そのことを思うたび、戦後76年も経ち、私たち日本人は今、いかほど平和について考えているか・・・私たちはもっと真剣に平和について思い巡らし、行動せねばならないと思います。混迷極まる今であるからこそ、国内外の異文化、多文化を背景に持つ人々と連携していかねばならないと痛感しています。
 矢内原先生は著書『内村鑑三とともに』のなかで、「他人を愛するということは具体的には他人の苦難に与(あずか)ることでなければならない。世の中にはあまりに苦しみが多過ぎる...他人の苦しみに対し憐みの心を閉じて、知らない顔をしていることは愛ではない・・・自分がキリストによって救われたというならば、他人にも同じ福音を分けて自分が救われたごとく他人を救う、これがいちばん深い愛ではないか」と記しておられます。
 翻って、私たちが在日の外国の人に親切にしているかというと、そうではない現実も多く見受けられ、深く恥じ入ることもあります。私自身がポートランドの大学で学習に行き詰ったとき、指導してくださったのはエジプト出身のグレース博士でした。生活面で困難を覚えたとき、現地のアメリカの方々や台湾出身の牧師さんが助けてくださり、イギリスでは、イギリス人はもちろん、ケンブリッジ市在住の外国出身の人たちが支援してくれました。私に長い間、flatを提供してくださったのはインド出身の女性(生まれはケニア)でしたし、ケンブリッジの大学で私の研究をサポートしてくださった先生方の何人かは外国出身の方でした。
 今、私たち平和学園では、幼小中高どの部でも、過去の歴史をきちんと学び、積極的に国際交流を行い、互いの文化の違い、習慣の違い、言葉の障壁を乗り越えて助け合って生きていくことを学んでいます。地球温暖化の影響か、予想だにしない自然災害が次々に起こる昨今ですが、私たちはもっと他者の苦難に与(あずか)ることに励むべきです。私たち教師も将来を担う子どもたちと一緒に学んでいきたいと願っています。そして、子どもも教職員も真の国際人になりたいと思います。
 コロナ禍のなか、教育の世界でもさまざまな活動を制限しなければなりませんが、コロナが終息した暁には、アジア諸国はもちろん、世界各国の人たちと交流をもっと深めたいと願っております。

Girls and boys, be ambitious!  若人(わこうど)よ、大志を抱け!