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学園概要

学園長挨拶

平和学園学園長

学園長に就任致しました藤本朝巳です。私は1982~1994年(12年間)、平和学園高校(現在のアレセイア湘南)に英語教師として勤めていました。その後、しばらく学びの時を経て、キリスト教主義の大学に20年間奉職し、この度、古巣の平和学園に戻ってきました。ですから、私は今、浦島太郎のような状態です。アメリカに「浦島太郎」によく似た話「リップ・ヴァン・ウィンクル」という小説があります。ある木こりが不思議な森に迷い込み、森の住人と過ごしていて、いつの間にか眠り込み、目覚めると周りはすっかり変わってしまっていた(20年経っていた)というものです。Rip Van Winkle feeling という表現がありますが、この言葉はユーモアを込めて「時代遅れの人」「眠っている人」を意味する慣用句として使われています。しかし私の場合、幸いなことに、以前一緒に働いていた仲間がまだ何人も学園にいますので心強いです。さらに当然のことながら、学園の建学の精神は変わっていません。先達の教えを引継ぎ、経験豊かな教職員、新しい時代に生きる若い教職員と共に、学園の理念を尊重して励んでいきたいと願っています。

さて、最初に教職員に語ったことは、聖書に基づき、『互いに仕え合う』ということでした。「新約聖書」エフェソの信徒への手紙5章21節に以下のように記されています。「キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい」。「仕える」という言葉は一方が主で、他方はそれに従うという意味ではありません。共に一つの秩序の下に立つということです。すなわち、神の前に共に立ち、同じ方向を目指して一緒に歩んでいく、ということです。キリスト教精神の下に立つ学校では、神の恵みのもと、神への畏れをもって互いに仕え合うことが求められています。本学の聖句にある「平和」とは、その弛みない共同作業の先にあるものだからです。

ところで、就任してすぐに対処しなければならなったことは、新型コロナウィルス対策でした。入学式、始業式を慌ただしく終了したら、「緊急事態宣言」が発せられ、生命と健康を守るため、休学せざるを得なくなりました。園児・児童・生徒のみなさんには自宅待機・学習をお願いし、教職員も交代で在宅勤務とし、情報収集しながら万全の対策を練ってやってきました。なによりも子どもたちの学習が遅れることが心配でしたが、この間に、on line 授業に近い態勢も整えることができました。ご家庭のご理解、ご協力を感謝しています。現代は想像もしないことが頻繁に起こります。その度に、手をこまねいて誰かの指示待ちでは生きていけません。今後、人類はコロナのような未曾有の災いとも、共生していかねばならぬ時代になったのだと、改めて考えさせられました。

さて、アメリカのマサチューセッツ工科大学の Peter Senge が「学(學)習」という漢字の意味を、以下のように解説しています(少し補って記しています)。
「學」の「冖」は屋根(建物)を意味し、上の「爻」は交わる(学問の象徴)を意味する。「爻」の両側の構えは両手で抱えるの意、すなわち、学び舎にいる「子」を両手で教え導くことを表している。 一方、「習」の「白」もyouth (若さ)を表し、「羽」は飛ぶ道具を意味する。そこで上下二文字を合わせると、ひな鳥に飛翔する能力を身に付けさせて飛び発たせる(旅発たせる)ことを意味する。

教師の使命は、学び舎で子どもを絶え間なく教え導き、子どもが生きていく力を身につけ、広い世界に羽ばたいていくのを促すことです。そのためにも、これからの学校は、子ども・家庭と教師・地域が助け合い、共に学習し、しっかり歩んでいかねばなりません。私たちは以前にもまして協働して、常に学び続けなければなりません。それはなによりも明日の子どもたちのために行うことです。そして時代遅れにならぬように、まどろんで無為に過ごさぬように気を引き締めてまいります。これからの平和学園にどうぞご理解、ご協力をお願い申し上げます。