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2021年11月 1日

アレセイア通信2021年11月号

種を蒔く人


 イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種まきに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のあるものは聞きなさい。」(マタイによる福音書 13章3~9節)

 有名な「種を蒔くたとえ」の「種」は、神のみ言葉です。種の落ちた4つの土地は、人の心です。人の心は、イエスの言葉を聞く態度によってどんな土地にも変わります。

①「道端の心」とは、しっかり踏み固められた頑なな心で、イエスのことばに耳を傾けず、自分が今まで得た経験や知識が絶対であって、心砕かれていない人です。

②「石地の心」とは、芽は出ますが信仰の根がないのですぐ枯れます。私達の信仰の根がどれだけ張っているのかは普段は見えません。しかし一大事が起こるとすぐわかります。その時、どれだけ神の力に信頼して希望を待ち続けられるかが、信仰の根の力です。この根をしっかり張るためには、常にみ言葉に聞き、聖霊を祈り求めることです。その時、神により頼む真の信仰が育ちます。

③「茨の中の心」とは、この世が第一となっている人です。この世は神なしで成り立っているように見えます。しかしイエスは、「まず神の国と神の議を求めなさい」と言われます。神が全ての土台です。求めるものの順番さえ間違えなければ信仰が茨で被われることはありません。

④「良い土地」とは、何もないただ普通の土ばかりの土地です。即ち何も特別な力や知識もない人です。ただ一つ、「私は自分では自分の人生どうにもできない人間です。主よ憐れんでください」と祈る時、私たちは何も生えていない良い土地とされます。天の国はそのような人々のものなのです。

 私たちは、自分の計画や考えが実現することを希望だと考えています。しかし、聖書にある「神の栄光にあずかる希望」とは、自分の計画や考えが実現することではありません。私たちのために用意してくださる神の計画が実現することです。それはわたしたちの思いをはるかに超えた、あるいは打ち破る、想定外の恵みです。

 「神が用意してくださる恵み、輝きに満ちた驚き」を楽しみに、歩み続けたいものです。

校長  山田 信幸