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2018年12月 1日

アレセイア通信2018年12月号

アインシュタイン・賀川豊彦・湯川秀樹の戦後?

 前号では、アルベルト・アインシュタイン博士と賀川先生の「接点」に触れました。今号では賀川先生とアインシュタイン博士、それに日本国内の物理学の先駆者となるノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士との関係について述べてみたいと思います。三人共通の思い、「世界から戦争をなくしたい。」「二度と核爆弾を使わせてはならない。」が「世界連邦」構想の礎になりました。

 1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島市の中心部に人類史上初の原子爆弾が投下されました。このニュースを聞いたアインシュタイン博士は「ああ、何たることだ!」と叫んだそうです。なぜなら、かつてアインシュタイン博士は時のフランクリン・ルーズベルト大統領に「ドイツより先にアメリカ合衆国が原子爆弾を製造するべき」と進言していたからです。その原爆が投下されたことに衝撃を受け、同年、戦争回避のための国際連合以上に国家を超えた権威や権限を持つ「世界連邦機構」の樹立を提唱します。それが契機となり、翌1946(昭和21)年にはルクセンブルクで「世界連邦政府のための世界運動」がスタートします。この運動の賛同者には、アインシュタイン博士をはじめ、アルベルト・シュバイツァー博士やイギリスのウィンストン・チャーチル元首相などが名を連ね、世界へ広がっていきます。

 1948(昭和23)年、プリンストン高等研究所に客員教授として招かれていた湯川秀樹博士に対し、同僚であったアインシュタイン博士は原爆投下について「罪のない日本国民には本当に申し訳ないことをした。」と涙ながらに話し、このような悲劇が二度と起こらないように国を超えて平和運動を起こそうと語り合ったそうです。そして、「日本では賀川豊彦が世界平和の運動をしているので、あなたも一緒に活動しなさい。」と助言を与えました。帰国後、湯川夫妻は「世界連邦建設同盟」の発足に携わり、尾崎行雄会長、賀川豊彦副会長を軸とした活動を支えていくことになりました。賀川先生を軸とした人的なトライアングルはこうして誕生し、賀川先生の世界平和に対するメッセージを伝えることになりました。

学校長 武部 公也