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2018年11月 1日

アレセイア通信2018年11月号

アインシュタインと賀川先生の接点は?
 
 おそらく世界的に著名な理論物理学者、アルベルト・アインシュタインを知らない人はいないのではないでしょうか。彼の「相対性理論」が後の世界において、科学のレベルを急速に伸ばしたことをご存知の方も多いかと思われます。私達の学園の創立者である賀川豊彦先生とアインシュタインに実は大切な「接点」がありました。そのつながりは予想しにくいと思われるとともに、その事実や背景を知る人も少なかったようです。
 
 そもそもなぜ、アインシュタインの来日が実現したのか。それは、賀川豊彦先生の大ベストセラー小説『死線を越えて』の出版と大いに関係があります。発行元である改造社は、同書の出版で多大な利益を上げることになりました。同社の山本実彦社長は、その利益を有効に使おうと、アインシュタインを日本に招待し、全国各地で講演会を開催することにしました。ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインの来日は、一般市民が熱狂するほどのビッグニュースでした。そして、来日したアインシュタインは、東京、仙台、京都、大阪等の都市を回って持論の「相対性理論」について講演を行い、各地で熱烈な歓迎をうけ多くの交流を重ねたようです。その際、神戸を訪れたアインシュタイン夫妻は、改造社の山本社長や賀川先生と共に海岸を散歩されました。その時は通訳も同伴しての散策だったようですが、賀川先生はアインシュタインの人柄を「鳩のように柔和」と捉えたそうです。一方、アインシュタインは当日の日記に、「山本社長と共に、日本で重要な若い社会主義政治家と神戸の漁村の料理屋で昼食をとる」と記載しています。日記の中で、“重要な若い社会主義政治家”と評された人物こそが、もちろん賀川先生であることは言うまでもありません。
 
 前述した出来事は1922年(大正11年)のことです。この出会いが、戦後の世界的な平和運動の原動力に繋がりました。次号で書こうと思っている、賀川先生とアインシュタイン、それに日本国内の物理学の先駆者となるノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士とのトライアングルのきっかけとなったそのものでした。三人には共通の思いがあったようです。「世界から戦争をなくしたい」「二度と核爆弾を使わせてはならない」その思いが「世界連邦政府樹立のための世界運動」を始める原動力になったようです。豊かな人生にとって、いかに「出会い」や「接点」が大切かを教えてくれるエピソードではないでしょうか。
 
学校長 武部 公也