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2016年10月 1日

アレセイア通信 2016年10月号

創立者の歩みから学ぶ
 
 今年度は本学園が創立70周年を迎え、様々な記念行事が行われます。校名の「平和」が物語るように、平和学園は平和を念願し建てられた学園です。前号までは賀川先生の「四つの平和」を中心に述べてきましたが、今回からは創立者である賀川豊彦先生と村島帰之先生の歩みを辿って本学園の意味を考えたいと思います。
 
 学校法人平和学園は1917年(大正6年)7月10日に設立した虚弱児童養護施設「白十字林間学校」がその前身です。この施設はフランスのウエルネーの戸外学校を手本とし、太陽学校(School in the Sun)と呼ばれ、全国の医学、福祉、教育の分野で注目を集めたようです。ですから、ここを起点(白十字会付属林間学校)と考えると小学校は100周年を迎えるとも言えます。その後、この林間学校は、わが国の養護学校(現在の特別支援学校)の手本となってきました。関東大震災で校舎の大半が倒壊しましたが、各方面の協力を得て再建しました。しかし、戦時中はキリスト教精神を背景にした自由な雰囲気の林間学校も戦局が厳しくなるにつれ、新潟県へ疎開せざるを得なくなりました。
 
 終戦を迎え、林間学校が再開されたのは1945年10月1日でした。村島帰之先生が校長に復帰されましたが、林間学校に残った児童はわずか7名に過ぎなかったようです。
 
 戦争末期の空襲によって多くの公立学校が被災し、物置や青空の下で授業をしている状況が見られ、政府はその解決策の一つとして建物が残っている私立学校を公立として認めようとしました。1946年(昭和21年)に入って間もなく、神奈川県庁から準公立学校の指定を受け入れれば、補助金も受けられ、人件費も三倍に増額するという内容が通達されてきました。当時、苦しい台所事情にあった林間学校にとっては願ってもない条件でした。その時、村島校長は全職員(6~7名)を集めて「これを受け入れれば待遇もよくなり経営も楽になるが、その反面、政府の方針に従わなければならない。また、宗教教育を禁じている公立学校では、キリスト教精神は捨てなければならない。」と述べました。ここが大きな「転機」だったと言えます。この時、職員たちも「たとえ待遇は悪くても、建学の精神を維持し、頑張っていこう。」と校長の考えを支持し、県庁からの申し出を断ったのです。後日、村島校長は「もしあの時、公立に替わっていたならば学校は栄えたかも知れないが、キリスト教の精神は滅び、平和学園は生まれてこなかった。」と語られたと伝えられています。
 
 本学園では、10月5日(水)から三日間連続で創立70周年を記念して、保護者、地域や教育関係の方々にも教育活動を公開する「オープンスクール」を予定しています。また、5日の午後1時からは講堂で創立記念礼拝を行います。二人の創立者の思いが、現在どのようなかたちで受け継がれてきているか、ぜひご来校いただき確認していただければ幸いです。教科の授業だけでなくグローバル教育カリキュラムによるプログラムも参観できますので、ぜひこの機会をご利用ください。特に、予約や申し込みは必要ありません。
 
学校長 武部 公也