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2015年12月18日

アレセイア通信 12月学期末号

      忘れえぬ出会い ― 重い言葉 2015.9.28礼拝講話 ―

 

         わが子よ、父の諭しに聞き従え。母の教えをおろそかにするな。

         それらは頭に戴く優雅な冠 首にかける飾りとなる。・・箴言1章8~9節

 

 今年は戦後70年でした。また、安全保障法案をめぐり大きな議論の起こった年であります。また、改正公職選挙法により、次回の参議院選挙から18歳選挙権となります。

 私は太平洋戦争終戦の翌年生まれですから、戦後育ちです。しかし子どもの頃はまだ多くの戦争の傷痕が残っていました。今の皆さんには想像もつかないと思いますが、駅や繁華街で傷痍軍人(しょういぐんじん:戦争で負傷をした方)が募金をしている姿に出会ったり、近所にあった池がなんと爆弾の落ちた跡の水溜りであったなどです。

 私の高校時代(今から55~53年前)の先生に元海軍兵学校の学生であったという先生が二人おられました。お一人は戦後、東京教育大(現筑波大)に、もうお一方(ひとかた)は東京大学に進み、教育に志し教職につかれたのでした。

その後、今から22年前、ある小学校を訪ねた時、異色の経歴の校長先生にお会いしました。陸軍士官学校出で、砲兵隊長として戦地で戦った方です。

 研修会後の懇談の中で、「人間は訓練すればできないことはない。」と先生は自分の部隊の兵士が大砲に弾込めをする話をしました。火薬の詰まった砲弾を手で運び素早く大砲に装填します。そのスピードがとても早いことと、真夏の日、真冬の日、豪雨の中、真っ暗な真夜中、どんな条件下でも寸分たがわぬ精密な作業であったというのです。鍛えるという事、体で覚えるという事、身につくということを話されました。私は当初、日本軍の精鋭部隊の凄さを礼賛・自慢しているのだと思っていました。しかし最後に、「でも、そこまで戦争を前提として訓練することは異常、今日のような平和な社会が素晴しい。戦争の準備をしなくていい世界、その実現は教育の使命。日本は二度と戦争をしてはいけない。」と話されました。実際に戦地に赴き、兵士でなく将校(大尉)として隊を率いていた人の言葉の重さを感じました。戦後も職業軍人として再びその経験を活かす道もあり、経歴からすれば出世もされたはずですが、軍人から教師へ志望を変えた根底に並々ならぬものがあったのだろうと改めて推察しました。たった一度の出会いでしたが、口先の言葉でなく、体験した人の重い言葉として強く印象に残っています。

 本校は、終戦の翌年(1946)に創立され、その後長く「平和学園」と称しました。この名前は現在でも法人名として残っています。この名を戴くことはこれからの時代に大きな責任と使命の重さを感じます。「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。・・マタイ5:9・・」との聖書の言葉を建学の精神とする本学園のキリスト教主義学校としての信仰告白が問われると思うからです。 

        学校長 飯塚正秀